朗読劇:『#white_sanctum』

こちらは3/14開催のキャラフレ内ホワイトデーステージイベントにおいて、男装アイドル「doubt」のトーク&朗読劇で使用した台本を物語として読みやすく編集したものとなります。その為一部表現等が実際のイベント時と異なりますがご了承下さい。

※   ※   ※

さて、プリンセス。
きみの耳にも届くかもしれない世間の話題では、
今日はホワイトデーというものらしい。

とても簡単に言えば、年に二回ある『人が人に愛情を伝える手助け』をしてくれる日の一方である、とのことだよ。
その意味では、私にとって年365日、ホワイトデーのようなものだけどね。
いや、忙しいなんて思ったことは無いよ。
きみを輝かせる為、私は傍にいるのだから。

そもそもホワイトデーなるものには明確な起源やそれらしい逸話などは無いらしい。

では、対となるバレンタインデーの単にお返しの気持ちのうえだけに成り立つものなのかな?
或いは日頃の想いを伝える切欠作りのために誰かがそれを入念な準備のもとに喧伝し始めたのかな?

もしもプリンセス、きみが私ではない誰かから秘めた愛情を伝えられたら、きみはどうするだろう?

そのことによってきみが幸せな気持ちになれるなら私はそれさえも見守り、幸せを願い続けるだけの存在であり続けると思うよ。
それが寂しいことでは無い、と言えば嘘になるけどね。

見守る、といえば……
私の知る、ひとりの女性がいた。

彼女は自らの本心をさらけ出そうとはせずいつも親しい人の、親しくない人にさえ
力となり、知恵となり、時には優しい家族のように寄り添える、そんな女性だった。

そんな彼女のもとには、今日のようなホワイトデーともなれば日頃の感謝、お世話になっているお返し、ときに愛情の告白などが込められたプレゼントがいくつも届けられていた。
私にとっては、どこかシンパシーを感じさせる女性だった。
いや、理想をその姿に見出していたのかな。

そんな彼女は、とある大学の劇団に所属していた。
と言っても、女優として舞台に立つことは決してなく、誰もがやりたがらないマネージメントや公演の企画やスタッフ、キャストの割り振りに劇場側との折衝、様々なお金のやりとり――

つまりは裏方として華々しく輝くスポットライトの光や、観客たちからの拍手の届かない舞台裏で劇団を支え続けてきた。

夏が近づくある日、いつものように劇団では新作公演の話題が持ち上がった。
当然、彼女を中心としてことは動き始める――

けれどその時、劇団内の雰囲気は何かが違っていた。
少なくとも、彼女にはそう感じられた。

その不快な臭気ともいえる違和感は、あるひとりの俳優が放っていたことに彼女が気づくのに時間はかからなかった。

はっきり言えば容姿に優れ集客力、それに見合うだけの演技力を併せ持ついわば劇団の花形である彼には彼女にとって、嫌な心当たりがある。

その時彼女の目には、ただ雪よりも白い世界が広がっていた

――3月14日、彼は彼女に愛を告白した。

恋愛事に興味が無いというより、劇団の為に己をなかば殺したように活動を続けていた彼女にとってそれは無意味な反面とても面倒で、重い選択を強いることになった。

断れば彼のプライドが傷つくし、下手をすれば劇団に対しても非協力的になるだろう。
受け入れたところで世間でいうところの恋愛が上手くできるとは、彼女には考えられなかった。

まぁ、結論だけ。
――そのとき彼女は拒絶という選択をした。

それに対し、何かの意趣返しを企んでいるのかもしれない。
彼女の思考はすぐに、いかにして彼を乗せるか、或いは切り捨ててでも公演を成功させるか。

悪い意味で合理的な選択――それは既に彼女の意思ではなく、劇団の舵取りのいち過程でしかない。

しかしそれは、愛を告げられそれにどう向き合うかよりは遥かに軽く、容易い選択でもあった。

彼女なりに、彼の機嫌を損ねないような配慮をしたつもりだった。
飲みたくもない酒を共に飲んだし、誘われれば行きたくもない流行りのデートスポットにも足を運んだ。
一度は拒絶した相手なのに。特別扱いという陰口に耳を塞いで。

梅雨を過ぎて脚本の第一稿が出来上がった頃、当然のように主演を務めるはずの彼は稽古に参加しなくなった。

そして体調不良という表向きの理由の裏で、彼は既に劇団内の主要なメンバーに声を掛けていた。
と言っても、彼女を悪し様に捏造した噂話を広めたりしたわけではなく、他の劇団に移籍して、より質の高い芝居をしようと意識の高い誘いをかけたわけでもなく。

ただ目の前の享楽的な遊び、飲み食いに仲間を引き連れるようになった。

そんな彼でも劇団の看板役者だったから、誘われる側も無下には出来なかった。
誰もが彼女のように、目的の為の合理的思考が絶対の正解だと考えるわけではないのだから。

夏が終わる頃には劇団は、当初の設立目的も忘れて、ただ気の合う仲間が遊び呆けるだけのよくある大学のサークルに成り下がっていた。

暮れ行く晩夏のあかね色の空の下、
彼女の目に映る世界はただ、白かった。

――誰からも頼りにされる、必要とされる――

ときにその重さに押しつぶされそうになりながらも誰かの役に立つことを喜びとしていた彼女にとって、そこはもう居るべき場所ではなくなった。

失意とも後悔ともつかない感情を持て余しながら、いつしか彼女は劇団を去っていった。

『その後、劇団で新作公演が行われたのかはわからない』

……さて、プリンセス

ここまで語られてきた彼女の物語は、きみにとって彩(いろ)のある世界だろうか?

それとも古い映画のように白と濃度の曖昧な黒とで描かれる世界だろうか?

……少し、夢に関する話をしよう。

人は夜眠るとき、こうありたいと願う世界や起きて欲しい出来事を夢見る時、色彩のついた映像を脳に浮かべるらしい。

逆に起きて欲しくないこと、不安や恐怖、悲しみをひきずり起こすような世界を夢見るときには、モノトーンの映像が浮かぶという。

――だから悪夢は、怖いのさ。

なんて、信じるかどうかはきみ次第だけどね?

ひとつ言えるのは、私はきみの夢に現れる夜空さえ星の煌めきで輝かせるためにいる、ということさ。
嘘だと思うなら、今夜は眠りにつく前にとても怖い話を読んだり、映画を観たりしてごらん?

……では、彼女の話に戻るとしよう

深い深い、そして薄暗い森の中。
いつしかそこを歩く彼女にとってそれが夢のなかかどうかは、関係がなかった。

『愚かな人は何も考えることなく易きに流れ、
賢い人は最大の成功を収める為に易い方法を熟慮し、
自らを賢いと誤認している人は易さそのものを嫌った』

彼女は自分がどれにあたるのだろう、そう考えながら以前誰かに言われたことを思い出していた。

いつ途切れるとも知れない深い森の奥には、誰も見たことが無いとされる舞台がある――

そんな他愛ない噂話を彼女は信じ、枯葉を踏みしめ枝葉を掴みながら、ただ前に、前に向かって歩き続けていた。

誰も見たことが無いと言うのなら、
なぜそれが舞台だとわかるのだ?

ロマンチストは嘘を吐くのに躊躇いが無い。
そしてそれを信じるものもまた、縋るものを失ったロマンチストなのだと考えながら。

実際、頼られることはあっても誰かに頼ることなど彼女には無かった。

それは今となっては、彼女にとってのプライドだったのだろうか?

ともあれ、途切れた深い森の果てに彼女が信じた劇場は存在した。

劇場といっても存在するのは中央の舞台と、それを囲うように扇状に広がる観客席。

そして、舞台奥のぼろぼろに朽ち果てた外壁、とすら呼べない建造物の残滓だった。

雑草まみれの観客席、舞台に対して正面中央に彼女は腰かけた。
舞台までの距離はおよそ10メートル、演劇を見るには丁度良い席だと思った。

観客席は舞台に対してなだらかな丘となっていて、舞台上のポジション・ゼロを表す印が見下ろすことが出来た。

辺りは雨が降っている筈なのに、濡れる様子もなければ、冷たさを感じることもない。

疑問を感じながらも、今自分が目にしているのが『誰も見たことの無い舞台』だとは考えにくい、と思った。

ごくありふれた場所ではないか?

何一つ珍しいことなど――そう考えた矢先、舞台の上には雨のひとしずくも降りそそいでいないことに彼女は気が付いた。

そして、そこに『女優』は居た。

ポジション・ゼロに立つのは、長い黒髪の少女――

世界のどの文化圏とも違う、白くなびく衣服。
無理矢理に彼女の言葉で語るなら、天女の羽衣がそれに一番近いが、それもきっと見当はずれだろう。

彼女の目に映る世界は、白いまま。

やがて舞台の上に立つ『それ』は、静かに踊るように、下手から上手へ、前後するように舞い、彼女が聞いたことも無いような言語、ところどころ聞きなれた言葉で台詞を読んで――語り掛けてくる。

辛うじて理解できる『女優』の言葉は、

――劇場の、四つ目の壁を探せ――

そのようなものだった。

無論、演劇人である彼女にはその意味するところは理解出来ている。

彼女の目に映る白い世界に、蝋燭の灯りが光る。
それはやがて大きなスポットライトとなって、『女優』の影を創り出した。

『女優』は手の動きだけで木々を、細い脚のゆらめきだけで海を作り、指先には人間が存在した。
照明の位置を変えてやるだけで、それらはどんなものにも変化した。

あとは、あとは何があればいい?

彼女は舞台のすみずみを見渡して、思いの逸るまま様々なものを映し出したが、大切な何かが抜けていることを感じ取れずにいた。

――ことば――

『女優』が先程からしきりに並べている台詞の数々は、彼女にはほとんど意味が分からなかったので気にも留めていなかったけれど、それこそが最も重要なもので――

それと同時に、彼女の眼前に映る世界は全てが『女優』によって表現された、あるいはそこに投影された彼女自身の妄想でしかないことに気が付いてしまった。

世界を変えようとか、自分の好きなように作り替えようとか、

そんな風に考えれば考えるほど

人は妄想の中に逃げ込むしか無くなる

――それはとても、恐ろしいことだ。

全てを洗い流して、白いキャンバスだけを眺め続けるか。

逃げ続けてでも新しい世界を望むのか――

それは彼女に限らず、多くの人々の……
もしかしたらプリンセス、きみや私にもごく当然に与えられる貴重な選択なのかもしれない。

――この舞台は夢

――姿無き者、伝える手段を持たない者だけが見ることのできる夢

――目が覚めれば、そこもまた夢

――けれどあなたは、白い闇を抜けることができる

『女優』はそう言い残して、舞台の上から姿を消した。

こののちひとつだけ言えることは、彼女の世界は彩りを取り戻した、ということ。
それが幸せかどうかは、私達には慮る術さえない。

さて今日のホワイトデー、彼女のもとには日頃の感謝を甘いお菓子に託したり、伝えたい愛情を秘めて近づいてくる者はいるのかな?

相変わらず演劇に携わっているらしい彼女のことだ。

『もしも』彩りに満ちた世界でこんな素敵な体験ができたら、と誰かに思わせるお芝居を裏側から支えているのなら、そういう人もいるのだろう。

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