朗読劇『少女のアトリエ』

こちらは8/2開催のキャラフレ内夏フェスステージイベントにおいて、男装アイドル「doubt」のトーク&朗読劇で使用した台本を物語として読みやすく編集したものとなります。その為一部表現等が実際のイベント時と異なりますがご了承下さい。

※   ※   ※

きみは、『タマキ様』と呼ばれるものを知っているかい?

今から数年前――いや恐らくは遥か昔から形を変えて、言い伝えられている都市伝説と呼ばれているもののひとつさ。

『夏の夜空に浮かぶ数多の星のどこかに、タマキ様のおわす星がある。
その輝きに向かって願いごとをすると、それは必ず叶う。
タマキ様は寛容で、信じてくれる子供の願いなら三度まで叶えてくれる』

但し、願い事をひとつ叶える度にタマキ様には代償をひとつ要求される。

一度目は、『失って初めてその価値がわかるもの』
二度目は、『失うことの怖さがわかっているもの』
三度目は、『その子自身の、存在そのもの』

そう、三度目の願いを叶えればその子はこの世から消えてしまう。
家族や友達、誰の記憶にも。
如何なる記録にもその存在は残らない。

故に、三度目の願いを叶えた子供がいるのかどうかはわからない。
いたとしても、いないことにされてしまうのだから。

……二度目の願いまで叶えた子なら、何人か知っているけどね。

そのうちの一人、私の友達だった女の子――
多くの少女がそうであるようにいつも何かが満たされない、どこにでもいる子。

彼女がついたのは、他愛もない嘘だった。
ダイヤのついたネックレスに、プラチナの指輪、高名なデザイナーの仕立てたドレス。
それらを身にまとい、今度の誕生日パーティに友達を大勢招待する――
周囲の人間誰彼かまわず、そう吹聴してまわっていた。

もちろんそんなもの周りの人間も嘘であることがわかっていたから、相手にするものは誰もいなかった。

少女は、泣いた。
惨めな嘘をついた後悔などではなく、誰からも信じて貰えない自分を憐れんで涙を流した。

そして蒸し暑く、澄んだ星空に手が届きそうなほど近づく夜。
かねてから『タマキ様』の噂を信じていた少女は、まさにすがる思いで星に願いを捧げた。

皆が嘘だと笑った私の言葉を本当にしてください、と。

すると数日後、少女の誕生日。

彼女は見たことも無いような豪華なお屋敷の、広々としたパーティ会場の主催者だった。
ダイヤのついたネックレスに、プラチナの指輪、高名なデザイナーの仕立てたドレス。
言葉通りの衣装を纏った少女は、これまた絢爛そのものといった料理の数々、訪れる友人知人、
果てはテレビや雑誌でしか見たことの無い芸能人や、名前すら碌に知らない政財界の老人たちから贈られる祝福の言葉と目の前に積み上げられる高価なプレゼントの数々に驚きを隠せなかった。

――これが、タマキ様が叶えてくれた願い事?

少女は生まれて初めて口にしたような美味珍味、身にまとう絹の柔らかさ、胸元に輝く宝石の美しさに喜んだ。
これほどまでに多くの贈り物――きっと大金が費やされているのだろう――そこには、奇妙な違和感があった。

――なぜ、この人たちはここにいるのだろう?

無論、彼女がタマキ様に願ったから。
心から少女の誕生を祝う為では無く、タマキ様の操り人形だから――

彼ら来客の目に、少女は映っていない。
見知った友達の心にすら、少女を祝う気持ちは無い。きっとそうだ。
彼女の心は疑いに染まってゆく。
モノも言葉も笑顔さえも、彼女には届かない。

彼女はタマキ様への願いの代償に、『人を信じる心』を支払ったのだから。

――それから、少しの時が流れて――

少女は表向き、周りの人間と上手くやれていた。
奇妙な話だけど、誰にも心を許さず誰も信じないからこそ、
期待をせず裏切りを想定して計算高く立ち回ることが出来ていた。
けれど心の奥底は、たとえ真夏の日差しの下でも凍土のように冷え切っていた。

あるとき彼女が涼しい風の吹きつける草原に佇んでいると、視界の隅に、人影が映った。
絵筆を握り、キャンバスを彩っているのは少女と同じ制服で、緑のリボンを着けた上級生だった。
風景を描いているのかと思ってそっと近づきその絵を背中越しに見てみると、

深い蒼と紫、薄白い煙のように浮かぶ雲――

いや、それは宇宙に浮かぶ渦、銀河だった。
頭上の澄み渡る青空、キャンバスには夜空。よく見ると星々の群れさえ点在している。

『夜空を見上げながら、それを絵に描くのは無理よ。暗くて手元がわからないわ』

少女の疑問を先読みしたかのように、彼女は答えた。

『これは、私の記憶と想像が混ざりあった空。嘘と本当がひとつになった世界』

本当にほんの一粒の星でも混ざれば、それは全てが嘘になるのではないか?
少女は思った。
上級生は緋(あか)と名乗った。
それも偽名であることは、少女にはどうでも良いことだった。
けれど、その絵には少女を惹きつける何かがあった。

嘘なのに美しく、嘘なのに暖かい。

夏の夜空など見上げることを忘れていた少女は、その不思議な彩りに初めて星を目にしたような驚きを感じていた。
緋がその手を止め、キャンバスが乾くのを待つ間、ふたりは言葉を交わすことは無かった。
少女は草むらに座り込んでじっと絵を見つめていたし、緋もそんな彼女を追い払いもせず静かに長い髪を風にそよがせていた。

けれど、少女は語りかけたかった。

――何を?

問いたいことは次から次に思いつくのに、その全てが言葉未満のまま霧散する。

――絵が、好きなんですか?

結局そんな陳腐な一言しか、口から発せられることはなかった。

『好き、だった』

緋は少女を振り向きもせずに答えた。『何を失ってもいい、本気でそう思ったくらいにはね』

その陰る表情を見て少女は、彼女もまたタマキ様に願い事をしたのだと察した。
何を代償にしたのかは、尋ねられないけれど。

やがて用具の類を片付けて、別れの挨拶もせずその場を立ち去ろうとする緋の背中に、少女は思わず声を掛けた。

――明日も、ここに来ますか?

答えは得られなかったけど、翌日もその次の日も緋はそこで絵を描いていたし、
少女もその姿といつまでも完成をみない絵を静かに眺めていた。
少女は、そうする時間が好きだった。

『この世は嘘と無責任と、冷徹な現実で出来ている』
そう考える少女は、緋の描き出す宇宙の前では何もかも忘れ彩りの中に溶けてしまいたいとさえ思うようになった。

ある日、緋の横顔に満足げな笑みが浮かんだ。
もうすぐ、この絵は完成する。
それは、傍から見ているだけの少女にも理解できた。

そして、浮かび上がる次の疑問――
この絵が完成したら、緋は次にどうするのだろう?
新しい作品を描くのか、それとも何か全く別のことを?

少女の胸に虚無と、疑心と、恐怖がこみ上げる。
完成してしまえば、この宇宙は少女の前には現れない。
広がりの無い、ただありふれた一枚の絵に変わってしまう。

かといって絵に関しては素人の少女が
ここはこうしろ、あそこはああしろなどと助言苦言を述べて絵の完成を引き延ばすことなど出来ない。

――その絵を、譲ってもらえませんか?

代わりに口をついて出てきたのは、俗な欲望だった。
物語が終わってしまうことを惜しむなら、エンドマークを打たなければいい。
空想がいくつもの結末を、思い通りの終焉を迎えさせることができるからだ。
誰にも決められない、わたしだけの物語を。

『私は、絵を描き続けなければいけないの』

緋はそれまでにない強い口調で切り返した。

『誰よりも優れた絵を描く為に、私は本当の名を失った』

それが、緋がタマキ様に支払った代償だった。
名前など、客観的には記号に過ぎない。
けれどその愛おしさだけを残したまま、緋は自分自身であることをやめたのだ。
故に描きあげた絵は緋の存在そのもので、どれだけ作り上げても満たされぬ執着なのだ。

ぼんやりと本物の夜空を見上げながら、少女は考える。
やはり嘘の入り混じった、いや、緋の描きだす世界が嘘だからこそ、
どれだけ多くの星をしきつめて、どこまでも広がる夜空より美しい。

――二度目は、『失うことの怖さがわかっているもの』

タマキ様の星が、目の前によぎった。

例えばそれは、身体の一部を失うことだろうか?
或いは財産、モノ――

あらゆる可能性を考えて、少女は唇を震わせる。

一生にわたるかもしれない不自由を受け入れてまで、
未完成の絵一枚を手に入れるなど、確かに馬鹿げている。

けれどその絵は、嘘と現実、創造と破壊、意思と行為の狭間に存在する。
わたしの為に描かれたものだ、その筈だ。

――全てのものには、存在すべき場所がある――

そして少女は、二度と緋の姿を見ることはなかった。

更に、一年ほどの月日が流れる。
その間、少女もまた人々の前から姿を消した。
彼女の部屋の扉が開くことはほぼ無かった。

雑然とした部屋の壁には、未完成の宇宙の絵が塵ひとつ寄せ付けないように輝いていた。
終わりなく広がるそれは、すでにキャンバスの外にまで形を変え、
少女の心が描くままの彩りがその視界を埋め尽くしていった。

その生命を引き換えとするかのように部屋そのものが、少女のアトリエと化していた。

――緋が見たら、どう思うだろう?

勝ち誇るように少女は笑みを浮かべる。いや、それは罪悪感だ。

タマキ様の、ふたつめの代償……それは、自由。
ただ生かされる為の、歯車のように廻り続ける命。
そして何時止まるかもわからない、恐怖。

孤独には、すぐ慣れた。
もっと寂しくて悲しくて、自分を否定されるものだと思っていたけど。
動かぬ身体の少女はその宇宙に輝いていられれば良かった。

――私は、墜ちる運命の流れ星なんかじゃない!

輝く星のひとつに目を凝らすと、そこには緋の姿が見えたような気がした。

少女は驚きながらも、辺りを見渡すと
星々のひとつひとつに人が、自然が、世界が存在することに気が付いた。
信じられないことだけど、キャンバスに描かれた星は次第に大きくなり、
そこには少女の『いた』世界と変わらない生き物の営みがあり、
微笑みや諍い、美しさも醜さもあった。

……途端に少女は嫌悪を感じた。
宇宙がどれほど広くても、そこにどれだけの星が存在しても
その全てに少女の居場所はない。

動かない身体では触れ合うことも出来ず、言葉など届くはずもない。
そもそも他者の存在など信じることの出来ない少女にとって、
『あるはずのないもの』は不快感を生じさせるだけのものでしかなかった。
ただありふれた、生まれてからきっと何度も目にした現実を、
これからいつ果てるともなく見続けることになるのだから。

神ならざる少女はそう遠くない未来、自分自身の存在と引き換えに
タマキ様に三度目の願いをすることになるだろう。

彼女が見つけた世界は、彼女の理想とはほど遠い、賑やかで、騒々しくて、争いと愛のある世界。
そのキャンバスを棄てて、自らも忘れ去られ消えてゆく。

けれど、願うことが、届けることがあるとすれば――
この星空のどこかに、ひとりきりのアトリエで来ない明日を待つ少女にただひとつ、伝えたいと思う。

この世界には私が居るよ。

きみの輝きは夜空の一粒の星のように小さくても、

人々が選んで捨てた可能性のひとつだったきみも、

……私は知っているよ、プリンセス。

最初の願いで眠りについたなら

最後の願いは、どうか私に捧げて欲しい

さあ、夢から覚めて。私の夢に、おいで。

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アイキャッチ画像提供
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