朗読劇『寒椿の姫君』台本

こちらは11/25の魔法少女と大ひよこっこ団ステージイベント、男装アイドル「doubt」のトーク&朗読劇で実際に使用した台本となります。

・各章のタイトルはそのままミュージックプレイヤーの曲名
・設定>みんなで聴く>曲再生

1. on moonlit night

澄んだ空気と染み渡るような静寂

それは彼が生きる為の必須条件だった

真っ白な壁と真っ白な天井、そして塵ひとつ落ちていない床

そこが彼、清掃人の住処であり職場だった

彼には食物も水分も不要だった

何時からそこで暮らしていたのか、

あるいは、閉じ込められていたのか

彼はすっかり忘れてしまい、

来る日も来る日も床を掃き

外界に唯一繋がる窓を拭き続けていた

床は掃いても掃いてもその度に

目には確認できないほどの砂粒が舞い上がり、

窓の外にはそれを押しつぶさんばかりに積もった雪が

隙間もないほど敷き詰められている

彼の呼吸や発声さえ部屋を汚してしまいかねないので、

次第に彼は言葉というものが何だったのか忘れてしまうほど

長い長い沈黙を続けていた

2. 天使のキャンドル

ここから出して欲しい、助けて欲しい

確かにそこは普通の人間が生きていける環境ではないのだけど、

それは心からの願いなのだろうか?

彼の胸に疑問が生じた

清掃人が清掃をやめたら、何をすればいいのだろう

するべき事があるだけ、彼は幸せなのかもしれない

自由になるとは孤独になること

孤独になるとは願いを失うこと

即ち彼は言葉を求めた瞬間に、

何者でもなくなるということ

彼はそれを恐れるあまり、

耳を塞いで瞳を閉じて考えることをやめた

3. 十三夜の月

清掃人にとって厄介な塵芥のひとつに、『音』がある

彼自身の意思に関わらず作業着の衣擦れ、

床を擦るモップ、雑巾を絞る時さえ響き渡る音の破片は、

それらを再度処理する為二度手間となる

この僅か四畳半にも満たない部屋に真の清浄と静寂をもたらすことが

彼の存在理由なのだが、それは永久に成し遂げられないかもしれない

窓の向こうに積もった雪が淡く輝く夜、それは満月の証

――清掃人に、安らぎが与えられることはない

4 愛姫 -manahime-

眠ることを許されぬ清掃人の、それは願望が生み出したのか

あるいは意思に反して眠ってしまった身体が、意識に見せた夢なのか

とても可愛らしい少女がどこからか部屋に現れた

注意して、目を凝らさなければその存在に気づかないほど

ひっそりと、ただ可憐な笑顔を見せている

何かを語り掛けてくることは無い

まして清掃人は自ら彼女に声を掛けるなど許されない

発した声をさらに清掃する愚は避けたかったから…

ただその笑顔を眺めているだけで、

彼はどこか満たされたような、

清掃人となってからは忘れていた感情に支配されそうになる

その正体を、遠い昔には知っている気がした

ここで彼はひとつの問題を抱え込む事となる

いかにして、その少女を清掃すべきか?

5.(BGM無し)

悩んだ末に清掃人は、少女をそのままにしておいた

意思の疎通を図ることもなくふたりは、

来る日も来る日もただそこに居た

清掃人は清掃の仕事を続け、

少女のほうは置物のように微動だにしない

ひとりでなら耐えられる沈黙も、

ふたりであることを意識すればそうはいかない

長く美しい黒髪に寒椿の花を挿した少女に

清掃人はどんな言葉を掛けるべきか、

何を願うのか、何を求めて欲しいのか

忘れていたはずの言葉が渦のように

頭に、心に湧きあがった

そんなある月の無い夜

時間の単位すら忘れかけていた清掃人のもとに

一年に一度だけ会う主人の姿を見た

主人は少女の存在に大層怒り、叫び、暴れ

清浄であった部屋が再び完全なる静寂を取り戻すまでには

幾年、幾十年ともかかりそうな荒れ様となった

清掃人は、己の無力を嘆き許しを乞うた

――誰に?

閉ざそうとした耳に、声が聞こえてきた。

「美しくあれ」

――誰が?

6. ピアノソナタ第8番イ短調 K.310第三楽章

最早清掃人は、その職務を放棄するほか少女も自分も如何にも出来なかった

荒れ放題、散らかり放題、汚れ放題の部屋を元に戻すより先に

彼の寿命は尽きてしまうだろう

彼は自らの意思で白い部屋を抜け出し、何者でも無くなった

外は白い闇と吹き付ける雪風、氷に覆われていた

彼は寒さに身を震わせながらも少女と身を寄せ合い、

不思議なことに、抜け出したはずの部屋はどこにもなく

彼と少女は厚い氷の張った湖に立ち尽くしていた

――何処へ、向かうべきか?

うかつに厚い雪のなかへ踏み出せば、すぐに行倒れてしまうだろう

ふと少女はある方角を指差した

見ると、その先に生えている木々の周りからは水滴が滴り落ちている

積もった雪が溶けるのが早いのだ

それが南の方角であることを知った彼は、

少女と共に力強く歩き出した

7. 慈愛

言葉を持たなかった彼は

その最期に、少女に何を語ったのか

それは誰にもわからない

ただ、少女の髪からは

挿してあったはずの寒椿が失われていた

失くしてしまったわけではなく

少女が自ら手放したのだという

そして、今もなお少女は待ち続けている

時を、場所を越えて

その髪に再び可憐な花を捧げに来る誰かのことを

8. ヒーリング3 
(※曲に歌詞を合わせるようなテンポで…)

夏には夏の 冬には冬の装いで
君の手を引いて 騒がしい町を歩こう
できれば皆の 幸せな笑顔が溢れてる町が良い
僕ひとりじゃ 君を幸せにできないから

透き通る光 白い闇で
ただ揺れる光 僕の夢で 夢でなくて

夏には夏の 冬には冬の想いで
いつも傍にいて あかときの町を歩こう
ほとんど誰も 憎しみを笑顔に隠してる町だから
僕ひとりじゃ 見失うものが多すぎるんだ

この世界で見つけた 何よりも透明なもの
この世界で見つけた 何よりも清浄なもの

※アイキャッチ画像提供 photo-ac
https://www.photo-ac.com/

朗読劇『寒椿の姫君』台本” に対する意見

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