認識、妄想、行動、現実

「君は被害妄想に囚われているんだ、誰も君のことを馬鹿になんかしてないのに」

ぼくには人から笑われる理由がある。だから人はぼくを笑う。
ぼくがやり返したからって、文句を言われる理由は無いじゃないか。


檻といっても皹(ひび)だらけ、隙間だらけだ。雨が降ればそこから冷たい水が降り注ぐし、誰かが小石を投げればそれは閉じ込められたぼくの額を直撃する。
笑い声が聞こえる。かれらはぼくを笑っているのだろう。
「くたばれ!」「いなくなれ!」そんな罵倒に混ざって、諭す声が聞こえる。
汚い言葉を吐くかれらに向けてではなくぼくに対して、だ。

笑顔。誠実さ。感謝。深慮。我慢強さ。勇気。美しさ。力強さ。信仰。心身の健康。互助の精神。躍動する肉体。寡黙、ときに雄弁。上手な歌。誰かを感動させる言葉。魂を惹きつける絵画。
自己実現。――そして、愛。
どれひとつとして、ぼくには持ちえないものだ。
持たざるものは檻の中。


西へ、西へと向かうかれの車はある山中で事故に遭遇した。降り続く雨に濡れた路面でスリップし、ガードレールに激突したのだ。首の後ろで続く鈍痛は、スピーカーから流れ続けるドラムンベースのリズムに合わせて響く。
――生きているのか? かれは自問自答する。痛むのは首だけではない。

では何処が? 小さな子供の頃母親に連れられてきた病院で、医者に問われたときと同じようにただ『痛い』としか言えないだろう。
そういえば、その時はなぜ病院に行ったのだろう。元々病気がちだった身体は大層両親を精神的にも経済的にも痛めつけただろうし、人より早めに覚えた酒や煙草の味は若い頃の居場所を極端に限定させ、初めて愛し合えた(と言っていいのだろうか)女性は大人になれない男と一緒にいられない、とかれから離れていった。
つまりはろくでなしの半生だ。よくある話だが、かれはそれを現実だと信じることが次第に困難になっていった。あるいはただ逃げようとしたのかもしれない。西へ、西へ。

夜はまだ終わらない。もう車は動かない。助けを呼ぶこともしない。
通って来た道も、これから歩む道も束の間の夢であればいいと、かれは思った。
持たざるものは檻の中。


女の子が笑っている。白い紙に描かれた少女は二の腕から先が無く、腰は胴とほぼ一体化しているので足も奇妙な形で伸びている。目も鼻も口もとても歪に配置されていてお世辞にも美少女などと呼ぶことは出来ない。身体全体が波打つ水面のように揺れている。頭も身体に対してやけに大きく、それは最早人のかたちをしてはいなかった。
けれども女の子は笑っている。何が面白いのだろう。寧ろきみのことを見れば、誰もが笑うだろう。それほどきみは奇妙で、歪で、下手くそに描かれた一枚の絵なのに。理由を持たず存在し、やがて風塵に帰すだろうきみは幸せでは無い。きみに欠けている手足を描き足せば少しは答えてくれるだろうか。煉瓦や段ボールを積み上げたような不格好な身体を細く、丸く、美しい彫刻のように線を足し、消せば教えてくれるだろうか。きみの好きだった空色のワンピースにサマンサの鞄でも持たせれば、もっと笑ってくれるだろうか。
辿り着けない儚い妄想。きみを知らないから、与えることは出来ない。
持たざるものは檻の中。

ぼくはぼくを嗤う、嫌う理由を持つ。
真実でないからというだけで、それを奪う権利は誰にも無い。
認識したものを妄想だ事実だと線引きするのは誰だ。何だ。

世界を救うヒーローも、それと戦う悪役も、元を辿れば同じひとりの人間の妄想だ。

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